バートン・クレーンの部屋


バートン・クレーンの部屋


『変な外人』の元祖? そのユニークなジャズソングの世界


バートン・クレーン
(コロムビアレコード1934年邦楽総目録より)


昭和6年から8年にかけて、コロムビアレコードに、摩訶不思議な訳詩のジャズソングを盛んに吹き込んで異彩を放った外人歌手と言えば、そう、バートン・クレーンです。字面では全く意味の分からない、然し耳で聞くと妙に語呂の良い奇妙奇天烈なジャズソングは、一度聞いたら耳朶から離れません。 バートン・クレーンは本職の歌手ではありません。ジャパン・アドバタイザーという英字新聞の経済面を担当していた新聞記者でした。それが何故、ジャズのレコードを出すことになったかと言うと・・・。

(クレーンは)大変な親日家で日本語もカタコトでしゃべれた。唄が好きなので、アメリカの古い民謡や流行歌に自分で勝手に歌詞をつけて、宴会などで得意になって唄っていたのが、コロムビアのホワイト社長の目にとまった。 瀬川昌久『コロムビア・ジャズソングの主役たち』(1976・「オリジナル原盤による日本のジャズソング」解説より)


 こうして昭和6年4月発売された「酒が飲みたい」は、B面の「家へかへりたい」と合わせて大評判となり、銀座ではどの店からもこのレコードが聞えて来るほどの売れ行きとなりました。この2曲は、川畑文子のジャズソングの訳詩も担当した森岩雄が訳詩した事になっていますが、これは名目上で、実際はクレーン自身の訳詩だそうです。後に森岩雄は、クレーンの書いてくる変てこな訳詩をリライトする作業を幾度と無く手伝ったそうです。
 こうしてクレーンが昭和9年までに吹き込んだ曲は、30曲にもなります。下にレーベルを載せた曲の他に、「雪ちゃんは魔物だ」、「恋人に失恋した」、「女子がほしい」、「誰方かやるじゃろ」、「仕方がない」、「モダーン百万パーセント」など、タイトルを聞いただけで愉快になるような曲ばかりです。
 クレーンは昭和9年、ニューヨークに転勤となり帰国しました。それと同時に、クレーンの吹き込み活動も終りを告げる事となります。終戦直後に進駐軍と共に来日し、1950年まで日本に滞在しましたが、再び吹き込みを行うことは無く、帰国後の1963年2月3日に亡くなりました。
 なお、バートン・クレーンについて詳細にお知りになりたい方には、こちらのページを参照いただく事をお勧めします。東京経済大学の山田様による精緻にして丹念な研究のページです。是非御覧下さい。(山田様のご好意によりリンクさせていただきました。感謝致します。)

ジャズソング
酒が飲みたい
バートン・クレーン
コロムビア 26177−A
ジャズソング
家へかへりたい
バートン・クレーン
コロムビア 26177−B
ジャズソング
ニツポン娘さん
バートン・クレーン
コロムビア 26327−A
ジャズソング
おいおいのぶこさん
バートン・クレーン
コロムビア 26327−B

ジャズソング
人生はかない
バートン・クレーン
天野喜久代
森岩雄作詞 井田一郎編曲
コロムビア 26371−A
ジャズソング
かわいさう
バートン・クレーン
森岩雄作詞 井田一郎編曲
コロムビア 26371−B
ジャズソング
威張つて歩るけ
バートン・クレーン
森岩雄作詞 井田一郎編曲
コロムビア 26484−A
ジャズソング
夜中の銀ブラ
バートン・クレーン
天野喜久代
佐々紅華戯作 井田一郎編曲
コロムビア 26327−B

ジャズソング
酒場の唄
バートン・クレーン
恩田幸夫作詞 井田一郎編曲
コロムビア 26636−A
ジャズソング
ジョッキ・ビール
バートン・クレーン
時雨音羽作詞
杉山はせを作曲並編曲
コロムビア 26636−B
ナンセンス漫談
アルコール行進曲
バートン・クレーン
正岡蓉作
コロムビア 26701
ナンセンス小唄
よういわんわ
バートン・クレーン
淡谷のり子
バートン・クレーン作詞
井田一郎編曲
コロムビア 26896−A

ナンセンス小唄
僕 色男だ!

森岩雄作詞 ハーバートエルカ編曲
コロムビア 26896−B
ナンセンス小唄
トンコ節
バートン・クレーン
時雨音羽作詞 菊地博編曲
コロムビア 27584−A
ジャズソング
ハレルヤ
バートン・クレーン
妹尾幸陽訳詩 菊地博編曲
コロムビア 27584−B




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